ゆりかさんのストーリー

私は、新船橋キリスト教会に去年の夏に行き始めて、行ったり休んだりしながら1年が経ちました。今日、ここで証しできることを感謝します。私は教会に来るまでは、心が闇の中にありました。

​私は生まれつき難聴で、補聴器をつけて生活しています。そのため、コミュニケーションで困難な思いをすることがありました。

そして社会人になってからは、仕事でのミスに落ち込んだり、人間関係に苦痛を感じるようになりました。何度も転職を重ね、今では人と関わることの少ない清掃の仕事をしています。私の父と兄は医療関係の仕事をしていて、

それぞれ、たくさんの方々の命や暮らしを守っています。患者さんを笑顔にする二人は本当に、まぶしいくらいで尊敬し誇りに思います。

私の清掃の仕事もなくてはならない大切な仕事です。でも当時の私は、自分の仕事に誇りを持てませんでした。また優れた特技もなく自分の価値、人の評価が気になってしまい、これからどう生きて行けばいいのか、とても不安でした。そして家庭内でも自分の置かれた環境に不満を持ち、イライラして主人とケンカばかりしていました。そんな心に余裕のない自分が、とてもイヤでした。

そんな時、だいぶ前に、いとこから台湾でお世話になった牧師さんが新船橋キリスト教会にいるから行ってみて♪とLINEを送ってくれたのを思い出し、教会に行ってみることにしました。私の両親は、クリスチャンです。私は親と一緒に生まれた時から教会に行っていました。でも私は、高校生あたりから行かなくなりました。

新船橋キリスト教会に行ってみたら、讃美歌も聞いたことがあり懐かしい気持ちでした。でも耳が不自由なため、メッセージがところどころ聞きとれないとこがあり、また教会に行こうか、どうしようか迷っていたところ、母がLINEでアメリカで有名な政治活動家チャーリーカークさんの追悼式の動画を送ってきました。カーク氏は大学のイベントで学生達と議論を行っている最中に銃撃され、亡くなりました。奥さんのエリカさんは、ご主人を射殺したその青年を「赦します。教会に行って下さい。」と涙ながらにおっしゃっていました。「キリストがそうされたから、私も赦します…」と。

私は、そのスピーチを見て涙が出ました。イエス様の十字架の意味の重みを改めて考えさせられました。そして教会に行こうと思いました。

 

この教会では、牧師さんのメッセージがホームページで見れる事に気づきました。読んでみると、齋藤千恵子牧師のメッセージの中で「私たちの価値を決めるのは自分ではなく、私たちはそのままで愛され、神様の前で高価で尊い存在だと知っています。」と語られてました。私は、それを読んで、とても心が軽くなりました。

ちょうどその頃、私の父が前から私の息子に神様の事を伝え続けてて、息子宛てにプレゼントで聖書を贈ってきました。

私は、最初から読んだ事がないな…と息子から聖書を借りて、創世記から読むことにしました。聖書は、理解が難しい所もあり神様が何を伝えたいのか、分かりにくい箇所もありました。先に聖書を読んで、千恵子牧師、五十三牧師のメッセージ、また斎藤牧師の息子さんである、謙治牧師のメッセージも心に留まりました。牧師さん達のメッセージは、心に響くものがあり、引き込まれるようにどんどん読み進めていきました。

読んでいくうち神様の疑問がでてきたり、家庭内のことで悩んでいたりする時がありました。でも偶然にも不思議と聖書のみことばやメッセージ、讃美歌などで答えが見つけられ、神様が私に伝えてくれてるようでした。みことばが私の心に希望を与えてくれて、だんだんと私の乾いてた心は恵みで平安に満ちてきました。そして自分の今見てる景色も変わってきました。

神様は目には見えないけれど、日々の歩みの中、苦難の時にも助けがあり、守って下さってる事に気づきました。私を包みこんでくれるような神様がいてくださると感じられるようになりました。

また、昔教会に行っていた頃も思い出してきました。中学生の時、学校で辛い事がありました。その時に教会学校の先生が私と交換日記をして神様の事を教えてくれました。そして、私を救って下さり私は神様を信じて洗礼を受けました。

それなのに、私は高校生になって友人と遊ぶ方が楽しくなり、次第に、教会に行かなくなりました。そして神様からどんどん遠のいてしまい、神様は、この世に存在しないって気持ちまでに陥ってしまいました。

そして私は、たくさんの罪を犯しました。

でも神様は、35年もの間離れていた罪深い私を憐れみ、見捨てませんでした。

暗闇にいた私を、人を通してその御手でもとの場所へと連れ戻し、救ってくださいました。

私は、知りました。生まれる前から主のご計画があり、生まれてからもずっと、私と共にいてくださった。ここまで神様の愛と私の周りのいろいろな方の愛によって支えられて生きてこられたのだと、深く実感しています。

​私のために、祈り、神様の事を伝え続けてくれた両親、母教会の兄弟姉妹、牧師さん達のメッセージ、そして優しく受け入れてくださった新船橋キリスト教会の兄弟姉妹。皆さんに心から感謝の気持ちでいっぱいです。

ある日、ネットで小さい頃に通っていた教会の牧師さんと再会することができ、メッセージとみことばを読みました。

コリント人の手紙第二12章9節

『私の恵みは、あなたに十分である。私の力は弱さのうちに完全に現れるからであると言われました。ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。』

私は、耳が聞こえないことが神様からの恵みだったのです。…私はそう喜ぶまでには、まだ時間がかかるかもしれません。でも頼れる救い主であるイエス様に出会えたこと。私はそれが何より嬉しいのです。以前は、自分で強くならなきゃと思ってましたが、弱い自分のままでいいと思えるようになりました。弱いからこそ、神様に心を向けて祈り、みことばに従って歩むことができる。そのままの私を神様の愛が包みこんで下さり、強くなれると信じています。

本当の自分が自分であること、それは神様の中にあります。

自分の命も周りの人の命も神様のもの。

神様が造られたこの世の全ての人、存在そのものに価値があり、愛されている。

だから、イエス様が私達を愛したように、私も自分自身を大切にし、隣人を大切にしたいです。時には弱さや、罪ある自分に悩むこともありますが、聖霊の助けによって赦されながら向き合い、日々変えられていきたいです。

そして、クリスチャンとしてふさわしくなれなくても、私の本当の土台は、十字架につけられたイエス・キリストが私を救ってくださったことにある。そのことを忘れずに、すべてをゆだねて生きていきたいです。

聖書のみことばを読み、十字架の愛をもっと知り、生かされていることに感謝しながら、神様と共に歩んでいきたいです。

今与えられている掃除の仕事も、自分に合ってる仕事だと思います。子供の頃から片付けが好きで、綺麗になると自分の心も整うような気持ちのよい清々しさがあります。これも神様からの恵みと受け止め、1人の時間は神様とじっくり向き合う大切なひとときとなりました。この置かれた家庭や仕事において、これからも忠実に励んでいきたいと思います。

イザヤ書43章4節

私の目には、あなたは高価で尊い。

私は、あなたを愛している。

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